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没後35年 鴨居玲展 静止した刻(令和2年9月1日号)

人間の内面を見つめて描いた作品を彼の人生の軌跡とともにたどります

鴨居玲
昭和3(1928)年石川県金沢市に生まれる。1946年に金沢美術工芸専門学校の洋画専攻一期生として入学、宮本三郎に師事。在学時から二紀展に入選。1971年にスペインに移り、転居を繰り返し、パリで個展を開催。1977年に神戸に戻る。やがて体調を崩し、入退院を繰り返す。1985年9月7日57歳で自らの人生に幕を下ろした

 9月12日(土曜)から「鴨居玲展」が市美術館で開催されます。没後35周年を記念した回顧展で、絵画や遺品など101点を展示。鴨居玲の生涯とともに、彼の作品を3章構成で紹介します。市美術館学芸員の森智志さんに、見どころを聞きました。

時流に翻弄される若き画家

 鴨居の青年期は、日本の画壇に抽象の嵐が吹き荒れた時代。若き鴨居は、時流に流されて抽象画を描きます。一定の評価を得たものの、流行になじめない鴨居にとっては、不本意な制作に悩み苦しむ日々でもありました。転機となったのは、友人を頼り単身で渡ったブラジル時代。同年代の画家、ラファエル・コロネルの作品と出会い、具象絵画の可能性を見出した鴨居は時流に逆らい、具象絵画の世界に再び転じることになります。「赤い老人」は、その転換期の作品です。不安定ながらも一歩を踏み出そうとしている老人の姿は、具象絵画で生きていく決意をした鴨居自身と重なります。鴨居の本格的な画壇デビューを飾った安井賞受賞作の「静止した刻」は、一瞬の緊迫した瞬間をまるで時間や空間全てが凍りついてしまったかのように描き上げました。この時間を止めたような表現は、やがて鴨居独自のスタイルとして定着していきます。

画風の確立と表現の変化

 1971年、鴨居はスペインに渡ります。彼が親しみを込めて「私の村」と呼んだバルデペーニャスに、約9カ月滞在。生涯で最も充実した日々を送ります。しかし、ひとつの場所に落ち着かない性格で、その後もパリに転居するなど各地を転々としました。
 この間素朴で人懐こいバルデペーニャスの村人たちとの付き合いや、人間くさいモデルたちとの出会いで作品に大きな変化が。「静止した刻」のような、不自然なほど大きく描かれた手は次第に目立たなくなり、一方で、時にユーモアさえ感じ取れるほど表情が豊かになっていきます。何よりも重要なのは、鴨居がモデルに自分を投影して人間を描くようになったことです。「かたちを借りるだけで、私の中で作り上げた人間なんですよ。つまり、私の自画像のようなものですね」と鴨居本人が語っています。痛々しいほどの孤独を露呈する「私の話を聞いてくれ」などの作品に登場する人物は、村人の姿を借りた鴨居自身の姿にほかなりません。

再び苦悩、そして終焉

 鴨居は1977年、神戸に移ります。新しく取り組んだ題材は、裸婦や女性。新たなシリーズにつながる成果はあったものの、鴨居自身が納得する作品にはなりませんでした。本人が登場する作品が多くなったのもこの時期です。代表作の「1982年 私」では、白いカンバスを前にぼうぜんと座る鴨居の周りを、これまで描いてきたモデル達が囲みます。横幅が2メートル50センチメートルを超す大作で、「自画像の画家」鴨居玲の集大成であるといえるでしょう。
 人の弱い部分を直視して「人間とは何か?」を正面から受け止めた鴨居の作品は、生や死の極限的なものを私たちに突きつけます。

【問い合わせ先】久留米市美術館(電話番号0942-39-1131、FAX番号0942-39-3134)

開催情報

  • 会期=9月12日(土曜)から12月6日(日曜)までの10時〜17時。入館は16時30分まで。月曜は休館。9月21日(祝日)、11月23日(祝日)は開館。受付は1階
  • 入館料=一般1,000円、65歳以上700円、大学生500円、高校生以下無料。前売り券600円。チケットぴあ、ローソンチケットで販売

石橋正二郎記念館

 郷土久留米の発展に尽力した故石橋正二郎氏の歩みや人となり、建設寄贈された石橋文化センターの60余年の歴史を紹介。同館展示室奥のガラスケースには故石橋正二郎氏ゆかりの作品を展示しています。9月12日(土曜)〜12月27日(日曜)までは「石橋正二郎と青木繁」のテーマで、青木繁作品について紹介

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