平成16年 No.1102
20042.1
最終回
|ふるさと再発見|ふるさとの歴史を伝える池町川

写真
岸辺には数か所水面へ降りることが出来、魚にえさを与える人を見かけることがあります

市の中心部を貫いて流れる池町川。
西鉄久留米駅付近に端を発しJR久留米駅付近までの川の岸辺は、商店街や歓楽街、官庁街といろんな顔をもっています。
この川は江戸時代初め苧扱川と呼ばれていました。
池町川と呼ばれるようになったのは、18世紀以降のことです。
城下町の地名1つ、池町にちなんで池町川へと変わったといわれています。
源流は豊かな湧き水
以前の池町川は四反田(諏訪野町)の湧き水を源に、諏訪野町と野中町の境をなし、東町や日吉町、六ツ門町、中央町などを通り、津福本町で金丸川に合流する川でした。
現在の池町川は、昭和21年の戦災復興都市計画で川幅が約2倍に広がり、位置も南側に移っています。
また、水源を筑後川に求めています。
橋名に残る城下町の面影
市庁舎周辺と庄島台地の間の大きな谷を造ったのが池町川です。
江戸時代、初代久留米藩主有馬豊氏と2代忠頼は、この谷を埋めて城下町をつくりました。
池町や米屋町、田町、魚屋町、今町、築島町など川の北側に広がる町々です。
三本松公園北側の三本松橋から西へ米屋橋、田町本橋、田町橋など城下町の町名を冠した橋が架かっています。
今は中央町となっていますが、これらの橋名はかつてこの地が城下町であったことを物語っています。

写真愛の泉を経て池町川へ注ぎます

どぶ川からコイが泳ぐ川へ
高度成長時代、両岸の都市化が進むと生活排水で水が汚くなり、一時はどぶ川とも呼ばれていました。
昭和35年から川の移り変わりを見続けている池町川公園美化協力会会長の吉田春雄さんは、清流に戻そうと地域の住民の皆さんと一緒に清掃を始めました。
その後、清流に生まれ変わった池町川にコイを放流したり街路灯を設置したりと憩いの場づくりをしてきました。
「ふるさとを愛する情熱があったからです。川沿いはもとより久留米にはいろんな歴史があります。皆さんが歴史を知ることで更に久留米を好きになるといいですね」と吉田さんは話します。
コイが泳ぐ清流としてよみがえった池町川。
市民に憩いと安らぎを与えながら黙々と流れ、やがて母なる筑後川へ注ぎます。
九州一の大河筑後川が育んだふるさとをもう一度見つめてみませんか。
きっと新しい発見や歴史との出会いがあります。
ふるさと再発見の旅は続きます。(終)

写真たくさんのコイが泳いでいます

ふるさと再発見シリーズは今回で終了します


ふるさと再発見